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女傑・ウオッカ(VODKA)が、顕彰馬に選出される。 [往年の競走馬(牝馬)]

現役時代・ジャパンカップなど、22戦10勝の成績を上げるなど活躍した、美しく、綺麗で、かわいい鹿毛の馬、女傑・ウオッカ(VODKA・牝・7歳・毛色・鹿毛・2004年4月4日生まれ。)が、このほど、平成23年度の顕彰馬に選定されたことが、判明しました。

牝馬が、顕彰馬に選定されたのは、昭和62年(1987年)度の、メジロラモーヌ以来、24年ぶりのことです。

ウオッカは、得票数・157票の、記者投票を集めたこと、牝馬としては、平成19年(2007年)に、東京競馬場で行われた、第73回・日本ダービー(東京優駿)で、64年ぶりに制覇した事、2008・2009年の、JRA賞・年度代表馬・最優秀4歳上牝馬に、連続して受賞した事が評価され、このほど、顕彰馬に選定されました。

女傑・ウオッカ(VODKA)は、父・タニノギムレット・母・タニノシスターで、北海道・静内郡(現・日高郡)・静内町(現・新ひだか町)・静内の、カントリー牧場の自家生産馬、2歳の時の、2006年10月29日・京都競馬場で行われた、メイクデビュー京都(サラ系2歳新馬戦)・1着で、栗東・角居勝彦厩舎から、競走馬デビューを果たし、その後、2010年3月18日(日本時間・3月19日)に競走馬登録を抹消するまで、阪神ジュベナイリーズフィリーズ・チューリップ賞・日本ダービー(東京優駿)・ヴィクトリアマイル・安田記念(2回)・天皇賞・秋・第29回・ジャパンカップなど、国内で22戦10勝、海外でも4戦0勝を挙げた実力派牝馬で、2006年の、JRA賞・最優秀2歳牝馬を総なめにした他、2008・2009年の、JRA賞・年度代表馬・最優秀4歳上牝馬に連続して選定されており、2007年には、特別賞にも選定され、受賞するなど活躍しましたが、2010年3月4日(日本時間・3月5日)に、ドバイ・メイダン競馬場で行われた、ドバイ・ワールドカップ・マクトゥームチャレンジ・ラウンド3で、レッドディザイアの8着に終わったのを最後に、鼻出血症がもとで、惜しまれつつ現役を引退しました。

現在は、アイルランド・キルデア近郊の、ギルタウンにある、ギルタウンスタッド(GILLTOWN STUD)で、2010年の4月1日(日本時間・4月2日)から、繁殖牝馬として、女傑・ウオッカ(VODKA)は、繋養生活を送っており、同年の6月3日(日本時間・6月4日)になり、凱旋門賞馬・シーザスターズ(SEATHESTARS)との間で、3度目の種付け交配で、受胎が確認され、成功し、今年の5月2日(日本時間・5月3日)には、13日遅れで、初年度産駒の、ウオッカの2011(VODKA2011・牡・毛色・黒鹿毛)を、無事に出産したところで、繁殖牝馬入りから1周年を迎えた、今年度も、凱旋賞馬・シーザスターズ(SEATHESTARS)を、配合種牡馬として、種付け交配を行うことになっており、女傑・ウオッカ(VODKA)の、1年目産駒の、無事・出産、誕生を期待したいと想い、願っています。

今年の、6月26日に、阪神競馬場で、ウオッカ(VODKA)の、顕彰馬選出記念セレモニーが、行われる様で、馬主の谷水雄三・カントリー牧場・代表(株式会社・タニミズ企画・代表取締役社長)のほか、管理調教師の、角居勝彦調教師(栗東・ウオッカ(VODKA)が、現役時代にお世話になった調教師)なども出席して、盛大に行われるようです。

今回・顕彰馬に選定された、女傑・ウオッカ(VODKA)が、繁殖牝馬としての、さらなる活躍を、期待したいと想い、願っています。
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女傑・ウオッカ IN ドバイ・アイルランド 2010 [往年の競走馬(牝馬)]

すっぴんできれいな鹿毛の馬であり、2008・2009年の、JRA賞・年度代表馬・最優秀4歳上牝馬に選定された、女傑・ウオッカが、現役を引退して、1年が過ぎました。

1年前の、2010年3月3日・ドバイ・メイダン競馬場で行われた、マクトゥームチャレンジ・ラウンド3、それに、日本から、北海道・静内町(現・新ひだか町)の、カントリー牧場の自家生産馬になる、1頭の、牝馬が、参戦した。

その名前は、ウオッカ(VODKA) タニノギムレットと、タニノシスターの間に生まれた、2004年4月4日生まれの、鹿毛の牝馬です。

ウオッカは、2006年の10月29日に、競走馬デビュー以来、2010年3月7日に引退するまでの間、日本ダービー・ヴィクトリアマイル・天皇賞・秋・安田記念(2回)・ジャパンカップなど、22戦10勝を上げました、この間、2007年の第74回・日本ダービー(東京優駿・5月27日・東京競馬場)では、64年ぶりに、牝馬での日本ダービー制覇を成し遂げた他、2009年のジャパンカップでは、オウケンブルースリを写真判定の末抑えて、優勝した事もあります。

ウオッカは、2006年のJRA賞・最優秀2歳牝馬を始め、2008・2009年のJRA賞・年度代表馬・最優秀4歳以上牝馬を連続受賞した他、2007年には、特別賞を受賞しました。

2010年2月27日、日本から、はるばる飛行機で、他の牝馬1頭とともに、ドバイにやってきた、ウオッカは、現地の厩舎に入っており、調教を始めました。

VODKA「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」

ドバイのダートを、ウオッカは、蹄を鳴らしては、走っていました。

厩舎に戻った、ウオッカは、草などの餌を食んでは、過ごしていました。

ウオッカは、うんこを、ボトボトと出しては、体を整えていました。

3月4日・マクマトゥーム・チャレンジ・ラウンド3の、当日・クリストフ・ルメール騎手が、騎乗し、レースに挑みましたが、結局・レッドディザイアの8着に敗れてのレースを終えました、厩舎に戻る途中の、馬運車の中で、ごく微量ではありましたが、鼻出血を出していた様でした。

厩舎に戻った、ウオッカは、疲れを癒していました。

VODKA「ブルルルルル。」

VODKA「ヒュヒュヒュ~ン!」

ウオッカは、大きいいななきで、叫んでいました。

ドバイの厩舎で、ウオッカは、英気を養っては、過ごしていました。

3月7日・すっぴんな鹿毛の馬、女傑・ウオッカの現役引退が発表され、繁殖牝馬入りする事が、所属厩舎の、栗東・角居勝彦厩舎から、発表されたのです。

繋養先は、海外の牧場も含めて探した結果・アガ・カーンスタッド・ギルタウン(アイルランド・キルディア州・キルディア近郊・ギルタウン)に決まり、発表されたのです。

3月13日(日本時間・3月14日)、いよいよ、女傑・ウオッカが、アイルランドでの繁殖牝馬への出発の時が来ました、遠征先の、ドバイ・ナドアルシバ競馬場の厩舎内には、馬服が着せられており、馬運車が到着しておりました。

VODKA「パカパカパカパカ」

ウオッカは、馬運車に乗せられて、ナドアルシバ競馬場内の厩舎を出発、シャルジャ空港に向かいました。

鹿毛の馬、女傑・ウオッカは、馬運車を降り、ストールに積みこまれました。

飛行機に乗せられた、女傑・ウオッカは、名残惜しい、遠征先の、ドバイを後に、イギリスロンドンの、ヒースロー空港に向かい、海を渡って行きました。

飛行機の中で、女傑・ウオッカは、おとなしい顔をしながら空の旅を楽しんでいました。

ドバイから、長い空路の旅を終えて、イギリス・ロンドンの、ヒースロー空港に到着した、女傑・ウオッカは、馬運車に乗せられて、サフォーク州・ニューマーケットのサウスフィールズ・ステーブルに向かい、ここで、一泊する事になったのです。

サウスフィールズ・ステーブルに到着し、馬運車を降りた、女傑・ウオッカは、馬房に入り、遠征先からの疲れを癒していました。

VODKA「ブルルルルルルルルルルル。」

VODKA「ヒュヒュヒュ~ン!」

女傑・ウオッカは、いななきながら、ニューマーケットの馬房での生活を楽しんでいました。

VODKA「モグモグ。」

ウオッカは、いい餌を食んで、体を蓄えていました。

3月15日(日本時間・3月16日)の深夜、馬運車に乗り、サフォーク州・ニューマーケットのサウスフィールズ・ステーブルを出発した、女傑・ウオッカは、ホーリーヘッド港に向かい、ここで、フェリーに乗船し、アイルランドに向かいます。

2時50分に、ホーリーヘッド港を出港した、フェリーは、名残惜しいイギリスを後に、アイルランドの海を渡り、6時00分に、アイルランドの首都・ダブリンの港に到着し、ウオッカは、馬運車に乗って、アガ・カーンスタッド・ギルタウンのある、キルディア近郊に向かいます。

長い道のりを走った末、女傑・ウオッカは、繋養先の、アガ・カーンスタッド・ギルタウンに到着し、馬運車をおり、繁殖牝馬専用厩舎に向かい、入厩しました。

女傑・ウオッカは、着地検査の後、ウオーキングで、体作りに励み、4月からは、放牧に入りました。

その後、女傑・ウオッカは、種付けの交配相手で、凱旋門賞優勝馬のシーザスターズと、2回種付け交配したものの、不受胎に終わっていましたが、6月3日(日本時間・6月4日)に、3度目の種付け交配で、ようやく、無事に受胎が確認され、成功しました。

そして、現在・女傑・ウオッカは、アガ・カーンスタッド・ギルタウンでの妊娠生活を送っており、予定日を過ぎても、難産になっていますが、無事に出産を待ち望んでいます。
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